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山行日 平成13年4月17日(火)〜18日(水)
天 候 両日ともに曇り(視界良)
人 数 二人
行 程 渋温泉⇒中山峠⇒東天狗岳⇒夏沢峠⇒本沢温泉(小屋泊)
本沢温泉⇒中山峠⇒高見石⇒渋温泉  
交通アクセス 名神小牧IC⇒小牧Jにて中央自動車道⇒諏訪IC
国道152号を蓼科方面へ、信号「堀」で191号(湯の街街道)で
奥蓼科温泉郷方面最終点が渋の湯。
渋滞がなければ、名古屋から約3時間
渋の湯御殿の駐車場を利用(受付へ申入れる 1日1000円)
留意点(気づいたこと)
・アイゼン、ピッケルは必須です。
・水は本沢温泉まで無いので、出発時に確保することが大切です。
・中山展望台では視界が悪くなると方向を見失いやすいので、コンパスを携帯し、方向を確認しながら行動することが大切です。
・夏沢峠からの下りは,トレースがわかりにくく、歩きにくいので、時間に余裕を持った計画をたてることが大切です。
 (雪道の下りは常に時間に余裕を持つこと)

・本沢温泉(山小屋)は事前に宿泊予約が必要です。
1. 出発
 5:15、まだ薄暗い中、眠い目をこすって名古屋を出発。
明け方とあって道中は走りやすく、快調に高速を飛ばす。天気は晴れだが霞がかかっていて遠く南アルプスはかろうじてその存在が確認できる程度だ。諏訪ICに着いたのは7:45頃。ちょうど通勤ラッシュなのか一車線の道は車で埋まっていた。湯の道街道に入ってからは混雑はなく、これから登る天狗岳を眺めながら期待と不安が高まってきた。

 8:35渋の湯登山口に到着。思ったよりも寒さは感じないが、2500mの稜線を考えると防寒具は持って行けるだけ持って行きたくなる。

渋の湯温泉(正面に中山)
2.黒百合平へ
 9:20登山口に登山計画書を提出し、登り始める。ガイドブックには「尾根に取り付いたあたりから雪が見え始め…」とあったが、何が何がすでに真っ白な雪道だ。ほどよくしまった雪で、アイゼンを付けずにジグザグに登っていく。八ケ岳独特の森の香りは夏のそれよりも少ないが、ほどよく吹く風にあたっていると、本当に心が洗われるようだ。まだ調子の出ない私にこの斜面は結構きついが、目的近くの中山が案外近くに見えて、気持ちも楽になる。尾根に取り付くと傾斜は緩やかになり、鼻歌が飛び出そうだ。この辺り、夏道は岩続きで歩きにくいのだが、そんな面影はかけらもなく程よい傾斜の雪道となっていた。黒百合平の岩山を左に見ればヒュッテまではほんのわずか。思いのほか早く着いてしまった。
 突然開けた雪原には突風のいたずらで幻想的な雪景色が広がっている。辺りは積雪150cm、ヒュッテ前にはカラフルなテントがいくつか設営されて…とイメージしていたが、そこには人っ子一人見当たらない。ザックを降ろして、昼食をとる。定番の塩ラーメンを食べたいところだが、この先の行程を考えるとおにぎりをほおばってさっさと出発した方がよさそうだ。
3.核心部の登り
中山峠から東天狗への登り(後ろはニュウ)  中山峠を右に折れしばらく歩くと森林限界を超え、いよいよ天狗岳核心部へ入る。気温が高いせいか雪はゆるく、アイゼンは付けずピッケルを持って斜面を登っていく。
スリバチ池との分岐でアイゼンを付ける事にした。今回のために購入した10本爪アイゼンはとても軽く前爪が飛び出していないぶん、通常の斜面や岩は歩きやすい。しかし久々のアイゼン走行は不安定でかえって怖い。
 確実なキックステップで登りつめ、無事に東天狗岳山頂に立つことが出来た。八ケ岳随一の展望、とうたわれるだけのことはある。南には悠然と構える赤岳・阿弥陀岳の姿が、北には丸みを帯びた美しい蓼科山が、そして雪に包まれた西天狗岳が間近に迫る。
 昨年の10月にもここに立ったが、雪景色の八ケ岳はまた違った顔をしている。私は決してピークハンターでは無いつもりだか、やはりその山の頂に立つという達成感・満足感・爽快感というのは格別である。
山頂ではそんな気分をゆっくりと満喫していたいものだが、なにしろここは行程の中間点に過ぎない。ましてや今回は、ここから先は未知の世界なのだ。先のルートに目をやると稜線上に雪は無く、アイゼンは外すことにした。
東天狗岳にたつ ⇒
4.夏沢峠への道
 クサリ場を急下降し、ゆるい砂場をジグザグに下ると、あっという間に根石岳との鞍部に出る。日の当たる南斜面だから雪がとけてしまったのだろうか、この急下降が雪面だったら私達は果たして下ってこられたのだろうか。この辺りは突風が吹きつける、という事前情報だったが、運の良いことに風はなくスキップでもしたくなるような稜線歩きとなった。
 根石岳の鞍部から東側へ白砂新道を下ることも出来るのだが、この積雪期は深い雪に包まれていて、おそらくこれを下れるのはプロスキーヤーだけだろう。先頭を交替して根石岳を通過、夏には登山客の目を喜ばせてくれるコマクサの群棲地を抜けて夏沢峠へと緩やかに下る。
 夏沢峠まではおそらく無雪期ならば、正面の爆裂火口を眺めながら心地よい登山道歩きとなるのであろうが、今回は泣きたくなるような歩きにくい雪道である。数メートル歩いてはズボッ、這い上がってはズボッ、その度に体力を無駄に消耗しているようで、イライラしてくる。思いのほか時間がかかり夏沢峠に着いたのはとうに15:00を廻っていた。
夏沢峠までの雪道 ⇒
5.まだ遠い本沢温泉
 山びこ荘を通り抜け道標が本沢温泉と示す方向を見下ろすと、それは目を疑うような急斜面だ。しかし60度くらいある斜面には確かにトレースが付いており、他に道はなさそうである。勇気を出して最初の一歩を踏み出す。まっすぐ5mほど下り樹林帯に入ると踏み後が不明瞭になり、むやみに歩くと腰まで埋まってしまう。通常幹に付けられているだろう赤布は雪面下のようで、頼りない踏み跡を不安げに歩くしかなかった。まったくよくもこう縦横無尽に歩けるものだ、と感心するほどアチコチに踏み後があり、比較的新しいものを選んで進んだかと思うとプッツリ途絶えてしまったり、足が取られるのは相変わらずだし、くたびれた体にはこたえる。ようやく谷沿いの視界の開けた道へ出たのだか、前方に谷間へ流れた雪崩の跡が目に入る。こんな危険な場所を通過するものなのか、とルートに疑問を抱き足元をみると、いつのまにかトレースを外している。少し引き返して谷を登ると微かに左の方にトレースが付いていた。
 しばらく平坦な樹林帯を歩くと強烈な硫黄の臭いが立ち込めて、小屋が近くにあることを知らせてくれる。その先には木の柵のような人工物が確認できて、私は安堵の気持ちで一杯になった。
 登山道から沢を見下ろすとその河原の途中に野天風呂が小さく見えた。ウォー!、これなのだよ楽しみなのは。更に10分ほど下ると本沢温泉にようやく到着。人の気配はまったくなく表玄関も作業場と仮しており、ガイドブックでみる端正なおもむきは微塵もない。ベルを鳴らして待つこと10分、ようやく小屋番が現れたかと思いきや「ちょっと待ってて下さい」とまたどこかへ姿を消してしまった。他にお客さんの姿も見られず、どうも貸し切りのようだ。いや小屋だけではない、今日の行程ですれ違った登山者はゼロ、西天狗岳を歩く登山者を遠目に見ただけだ、山ごと貸し切りとはなんと贅沢な。
6.これぞ秘湯
 ようやく部屋に通され、内風呂を勧められる。内風呂といっても、小屋の外の掘立て小屋に作られた冬期用のお風呂で、一畳ほどの脱衣所と二つの小さな湯船があるだけだ。恐る恐る蓋を開けて驚く、ロウの固まりみたいな物体が湯の表面をびっしり覆っているのだ。もうひとつの湯船はまだましで、鉄分を含んでいるのであろう茶褐色の源泉らしき湯がなみなみと張られていた。このあまりにもワイルドというか粗雑な雰囲気に圧倒され言葉を失ったが、ここまで来たのだ、何がなんでも満喫してやる、と変に挑戦的な気持ちになってしまった。お湯は源泉60℃を引いているだけあって熱めだが、冷え切った体にはちょうどよく手先足先がジーンときて思わず「フー」と溜め息がこぼれる。私はよほどの温泉好きなのか順応性が高いのか、この状況を心地よいと思うまでに時間はかからなかった。
 思う存分温泉を楽しんだ後、部屋へ戻るとあんか(豆炭)が用意され山小屋のムードが高まる。夕食は、食堂とは程遠い小さな部屋に通され、弁当箱にさみしく盛られた冷たい惣菜を頂く。山小屋での経験上、おそらく冬越えした冷食と真空パック食だろう。ちょっとしたご馳走は、カセットコンロに設けられた、くず野菜や鳴門やうどんの入った正体不明の鍋で、おいしいとかまずいとかいう問題ではなく有り難く頂いた。
 消灯までの時間はビールや熱いお茶を飲みながら、今日の行程を振りかえる。歩いてきた道のりを地図で確認するのも楽しい作業で、思い出作りに余念がない。夏沢峠からの下りを考えると、明日の中山峠の急登も不安になるが、小屋の人の話によれば「あんなにひどいことはない」らしい。なんでも、小屋の人ですら迷ってしまうらしい。
消灯後、すばらしい一日の余韻に浸りながら、静かに眠りについていった。
 朝5:00を過ぎると、カーテンのような洒落たものなどない部屋には容赦なく陽が差し込んでくる。7:00の朝食までには野天風呂から戻らなくてはならない。相当眠いが本邦最高地点にある野天風呂≠ヨの興味は捨て切れず、布団からもぞもぞと起き上がる。
 昨日歩いた道を戻る様にして河原へおりると、一切の囲いのない白濁色の野天風呂がさりげなくある(女性は絶対に水着が必要)。
気温が低いおかげで、お湯は少しぬるめだが、朝風呂にはもってこいのお湯加減だ。沢の音を聞きながら、硫黄岳の爆裂火口を見ながら、しらびそ林の間に輝く朝日を眺めながら…こんな極楽はあるだろうか。誰もが味わえる訳ではない、山に登ることがおっくうな人は別としても、体が不自由で登れない人、忙しすぎて時間の取れない人、そんな人達がたくさんいる中で、私は本当に恵まれた環境にあることと、この健康な体には感謝しなければならないと思う。

これぞ野天風呂 極楽じゃ!
7.無数の落とし穴に泣いた二日目
 8:14、朝食と準備をすませ少し遅めの出発だ。みどり池までは、10分ほど道なりに歩いたところで本沢温泉登山口への道と別れ、1時間ほど平坦な道を北へとることになる。相変わらずズボズボの柔らかい雪に難儀するが、トレースや赤布のおかげで不安はない。予定通りみどり池との分岐点に出ると、稲子岳の爆裂火口やニュウの頭が近くにあり、かなりの距離を北上したことを物語る。今度はその火口跡を右手にみながら中山峠へと登っていく。正面に天狗岳を望みながら平坦な道をゆるやかに登っていくのだが、しだいにその斜度は増し、息も荒くなってくる。ふと気付くと斜度は40度ほどあり、緩んだ雪にはピッケルも不安定で恐怖心が増してくるばかりだ。直登するのならまだ良いのだが、トラバース気味に歩くのは一番怖い。
 峠からは東天狗・西天狗を背にして中山へと進む。メジャーなルートにも関わらず、意外にもトレースは薄く、この数日ほどんど人が入っていないのだと改めて実感した。
 12:10、中山展望台は思ったより風が無く昼食をとる事にした。天狗の見える大きなテーブル岩を陣取ると、さっそく好物の塩ラーメンを作る。小屋でビールを買ってきて良かった。この塩ラーメンとビールは山での定番となり、すっかり山の味となってしまっている。
1時間程のんびりとした後、高見石へと出発したが、またまた道がわからない。中山の道標まで戻って方向を確かめるが、やはり途中でトレースがわからなくなり、仕方なく磁石の示す北へ向かって樹林の中を歩いた。幸いににも途中でしっかりとしたトレースにぶつかり、登山道へ戻る事ができたが、いったいどこで迷ったのだろう。氷を張った白駒池を一瞬見下ろし、高見石へと一直線に下っていく。ここから眺める景色は南八ケ岳のそれとは違って穏やかでやさしくどこまでも歩けそうだ。メルヘン街道を通る車だろうか、久しぶりの人工的な音を聞いて、少し寂しくなった。
 高見石小屋のテラスに腰をおろし温かいコーヒーとお茶を飲む。小屋の人の話では、今日のお客は私達が初めてで、だれも山に入っていないらしい。小屋の裏手にある高台となった高見石からは白駒池を見下ろす事ができ、なかなかの場所なのだが、さすがに疲れた私はあの岩山をよじ登る気になれない。
登山も終りに差しかかった今、唯一楽しみなのは、渋の湯の温泉。それを糧に重い腰を上げる私達だったが、そうやすやすと下らせてはくれなかったのだ。
 高見石小屋の裏から東へ道をとり、しばらく進むと賽の河原という一面茶色い溶岩の斜面に出る。半分は雪に埋もれ、そこを通過するのがまた大変なのだ。これでもか、というくらい足をとられ、仕方が無いので、遠回りでも岩を渡り歩く。賽の河原を過ぎても状況はさして変らず、埋まった足を持ち上げるのにも疲れて、雪に埋まったまま呆然としてしまうこともしばしばだった。
1時間程歩くとようやく沢が見え始め、何度か丸太の橋を渡る。もうすぐそばに渋の湯があるはずなのに川の流れる音ばかりが大きく、ちっとも建物は視界に入ってこない。時間は予定の1時間10分をとうに超していて、改めて雪道の下山には時間がかかることを認識した。
 山腹をまく様にして歩くと緑色のロープが見え始め、パッと視界が開けて渋の湯御殿の建物が目に入った。最後は急斜面を慎重にトラバースして登山口へとたどり着いた。
駐車場に戻り愛車のハイエースバンと記念撮影、あとは渋の湯へ飛び込むだけだ。体の疲れは温泉ですっかり癒され、残るのは素晴らしい思い出と、ちょっとした自信と、わずかながらの反省だった。
(報告者:A)

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