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日 時 | 平成21年5月2日(土)・3日(日) | |
天 候 | 晴れ 微風 | |
人 数 | 単独 | |
行 程 | 八方池山荘〜八方尾根〜唐松岳 往復 (小屋泊) | |
<メモ> ・八方池上部よりアイゼン装着(10本爪使用) ・山荘〜山頂間はアイゼン無し ・夜間気温−5℃ ・山荘 水500ml:300円 途中水場なし |
白馬八方うさぎ平のコブ斜 | 八方尾根取り付きの夏道より鹿島槍ヶ岳と五竜岳 | |
ゴンドラとクワッドリフトを乗り継ぎ、八方池山荘に到着する。すでに白馬三山はぐっと近く迫り壁となって立ちはだかっていた。 さすがにこの時間だと登山者はおらず、一人ぼっちの出発に少々の不安を覚える。 尾根上は夏道も露出しており、アイゼンをつけずにそのまま進んだ。 遮るもののない尾根歩きは風が心配だったが、Tシャツ一枚でも十分なほどの暑さで風もなかった。 なめらかに続く尾根の両側には、白馬三山の稜線、五竜岳の稜線が鳥の羽のように広がっており、私はその懐にがむしゃらに飛び込んでいくような感じだった。 |
不帰嶮が唐突に現れる (八方山ケルン) | 白馬三山(左から白馬鑓、杓子、白馬) |
腐った雪を踏み込みながら雪面と睨めっこでもするかのように黙々と登り八方山ケルンまでやってくる。ふと顔をあげると、険しい不帰嶮が唐突に現れギョッとする。それはまるで悪魔の角のようだ。 前方の斜面を整列して登る登山者のなんと小さいことか。しかし、こんなちっぽけな存在の彼らも、私にとっては頼りの先導者なのである。 |
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五竜岳北斜面の雪渓がヌラヌラと光る | |
八方池より不帰嶮 | 八方池上部の斜面より下方を振り返る 眼下には白馬の町 |
白馬三山を水面に映す八方池も今はただの雪原である。しかし、ますます山稜は間近に迫り眩暈がしそうな絶景である。八方池までのハイキングを楽しむ人も多いようで、身軽な装備で思い思いに周辺を散策していた。 八方池より少し上部のダケカンバ林でアイゼンを装着した。今回はスリーシーズン用の靴に10本爪の装備である。腐れ雪のためアイゼンはあまり効かないが、それでも傾斜のきつくなった雪面ではずいぶんと心強かった。丸山までは広めの尾根をひたすら登り続ける。 |
途中、先導していたパーティを追い越し、雪面に落ちていく大粒の汗を眺めながら丸山へ向かって登っていく。 顔を上げるたびに不帰嶮がぐんぐんと大きくなって、それはまるで絵画から飛び出してくる3Dのようだ。 私が山に向かっているのではなく、山が私にすごい勢いで近づいてくるのだ。 夏道の露出した丸山では、ついに迫りくる岩稜に飲み込まれてしまうのではないかと思うくらい、それは近かった。 高鳴る鼓動は、息切れのせいなのか、心の震えなのか。 頬を流れる水滴は汗なのか、それとも感涙なのか。 私はしばらくの間、自分からあふれ出るものの正体もわからずただ呆然と、この峰々を眺めていた。 |
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丸山より上部はしだいに尾根が細くなり風も少し強くなる。唐松岳も望めるようになり、稜線の向こうに広がる展望に期待を寄せながら、青空に向かって伸びる雪の尾根を登る。 南斜面が切れ落ちた痩せ尾根を慎重に進み大岩を超えると、前方を遮るものはなくなり、代わりに遠く春霞に包まれて幻想的な立山連峰が広がった。 稜線に出ると、見える景色も受ける風の強さも、まるで別の世界にやってきたようである。 山荘には寄らずに荷物を背負ったまま山頂を目指した。 山頂までの登山路の大部分はすでに夏道が露出しており、却ってアイゼンが邪魔であった。 |
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真っ青な天上へ向かって伸びる雪の尾根 | 唐松岳への稜線 |
唐松岳山頂からは、白馬・五竜、左右に伸びる稜線がやはり鳥の羽のようで、大きな鷲の背中に乗った気持ちだ。 しかしそれ以上の感動はなく、果てしなく続く峰々の波を眺めながら、私の心は丸山で見た不帰嶮に未だ支配されたままであった。 |
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唐松岳山頂より五竜岳を望む | |
稜線東斜面にへばりつく唐松岳山頂山荘 | 唐松岳山頂より白馬三山への稜線を望む |
GWの山小屋は大混雑を予想していたが、意外にも宿泊客は少なく、下段の一間を貸切で使用することが出来た。一足先に夕食をすませ、夕暮れのアルプスをぼんやりと堪能する。 夕食後は食堂が開放され、皆思い思いの時を過ごす。若い登山客はテント泊のようで、食堂にはおしゃべりの止まらない中高年のパーティが大部分をしめていた。私は少し距離をおいて一人本を眺めていたが、単独登山者というのが気になるのか、何度か輪に入るよう誘いの声がかかった。丁重にお断りをしていたのだが、ついぞもう一人の単独登山者が観念したのを見て、私も彼らの側に少し椅子を寄せる。 どこから来たのか、経験はどれほどなのか、などの質問をされるが、「この時期に単独行をやるのならば、さぞや経験があるのだろう、でなければ無謀な登山だぞ」、という忠告も含まれているようであった。 その晩、稜線直下の痩せ尾根がまるでナイフリッジのように尖って下れなくなる夢を何度か見た。彼らの遠まわしな忠告は、私をビビらせるのに十分な効果があったのである。 |
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早朝の立山連峰 中央が剣岳 | |
昨日は霞んでいた立山連峰も翌朝はその雄姿が鮮明に望めた。正面の剣岳は挑戦的にぐいっと胸を張るようだ。その手前にはまだ陽の当たらぬ黒部渓谷がどこまでも深く落ち込んでいるようだった。 いつもの調子で朝食をゆっくりとり、皆より遅れての出発。稜線を離れるのが名残惜しく、少し歩いては微妙に変化する山の表情にいちいち感動し立ち止まった。 楽しいデートの別れ際に往生際悪くもたもたと時間を稼ぎたくなる気持ちとおんなじだ。 直下の痩せ尾根からは、眼下に白馬三山の裾野が広がり、まるで飛行機から山々を眺めているような景色である。 朝の締まった雪がザクザクとアイゼンを通して気持ちよく、快調に下っていく。振り返ると稜線はすでに遠く見え、寂ししさが募った。 しかし不思議なもので、もう山から離れるのだと自覚すると、今度は妙に下界が恋しくなり、私は滑り台のような雪面を一気に降りていった。 |
四方に尾根を広げどっしりと構える五竜岳 | 八方尾根より白馬三山の裾野を見下ろす |
積雪期の山は本当に素晴らしい。宝石のようにキラキラ輝く雪面、オブジェのようなダケカンバ、真っ白な雪渓と黒い岩稜のコントラスト、空に突き出た雪尻、何もかもが荘厳で神秘的である。 そして、何故か山が近くに感じる。夏山では高く遠くみえる頂も、この時期の山は手が届くのではないかと思うくらい近く迫って見えるのだ。 求めている頂きが、向こうから近づいてくるあの感覚は、積雪期ならではではなかろうか。 しかしすぐ目の前に見えるこの上なく美しい山も、天候が一転すれば人を寄せ付けぬ厳しい形相に様変わりする。 確かな知識と技術を身につけて、謙虚な気持ちとわずかばかりの勇気を持ってまたこの山に登りたいと思った。 (報告者 A) |
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山頂を目指す登山者の列 | 稜線直下の痩せ尾根を下る登山者 遠く高妻山、妙高山を望む |